失敗という名のリトマス試験紙

みんなーーーーー!花粉症で苦しんでるかーーーい!の日系三世のNicky黒井です、おはようございます。

もうねー、今年は目にきたね。
薬を飲んでいても目がかゆい。
夜間はできたら、目玉を取り出して綺麗に冷水で洗って、水に漬けて冷蔵庫に入れておきたい。朝、綺麗でヒヤヒヤの目玉を取り出して装着!みたいな。
スッキリすると思うんだけど。どうかな。山中教授あたりが研究してくれないかな。

さて。
占い師ブログはほったらかして、自分の過去を振り返ってどす黒い感情を書き出す日記に精を出していますが、何でこんなに筆が進むのかな。
書き出すまでは面倒なんだけど、書き出したら終わるまで一気にやらないと気持ち悪くて、デスクに釘付け。
で、今日のお題。
「失敗」について!

私ねー、まぁ、自分で「ここだけの話」とか書いても、周囲の人にはバレバレだと思うんだけど、失敗できないというか、失敗が怖くて、勝てる勝負しかしない、安全圏でしか活動できない、そういう所があるんだよね。
うん、ある。すごくある。
どうしてもだったら、陰でこっそり練習して、失敗しないようにする。
これってさ、地道に努力してえらい!って思われがちなんだけど、特に仕事の場面では厄介。「明日、プレゼンな!」ってなるじゃん?その場で一発勝負!ってできるようにメンタルというか肝の太いやつになっとかないと、「練習してないから無理」とか、就業時間を削って、あるいは、睡眠時間を削って練習しないとってなって、効率的じゃない。
失敗を恐れては何事も成し遂げられない!って言うじゃん?
だったら、何事も成し遂げないで、失敗しない人生のがマシ!って本気で思ってた。
たぶん、今もちょっと思ってるかな。
でも、人生の後半戦に入って、このまま、クソつまんない人生を送って死ぬなら、今、死んだように生きてても、死ぬのが30年後か今かの違いじゃね?とか思うのね。
ほんと、失敗なんて誰も気にしてないし、私の事なんて、誰もそこまで見てないはずなのに、でも、失敗できない。
だから、挑戦もできない!
格闘技やってても、だから上手くならない!
だって、昨日よりちょっとだけでも、自分の枠の外に出てないと、上達なんてしないじゃん?
とか、偉そうに書いてる本人が、その「枠」から出られないとか、笑かすよね。

何の話だっけ。
そう、失敗の話。

でさ、アメリカの大統領選に出馬して、初の女性大統領誕生か?って言われた、ヒラリー・クリントンいるじゃん?
彼女の自伝を読んでいて、娘のチェルシーについて(ローズ奨学金を取ったくらい優秀)「彼女には、自分で選んだ失敗をして、そこから学んで生きて行って欲しい」と書いていて、すごくビックリしたのね。
英語でmake one's own mistakeという言葉があって、自分で考えて何かをして、その挑戦が失敗に終わっても、そこから学ぶことは多いはずで、だから、どんどん考えて、チャレンジして、失敗をすることを恐れるな!みたいなことなんだと思うんだけど(違ってたら誰かこっそり教えて!)、考えてみたら、その通りなんだけど、そのときは凄く凄くビックリしたわ。
あれだけ頭脳も権力もある人(実際「アメリカでもっとも影響力がある弁護士100人」に選ばれたりしてたしね)が、平穏無事な人生とか、失敗しないように!じゃなくて、自分で考えて道を選んで、失敗もして、学んで大きくなって!って。
失敗して大きくなれって。
繰り返すわよ?
頭では「失敗から学ぶのはあり」って思ってて、でも、実際にヒラリー(親しげだな、オイ!)がそう書いていたら衝撃を受けた。

なんで?

そう、私は失敗が怖い女。

何で怖いかって言うとね
「親から、失敗を許されない人生だったから~~~!」
(チコちゃんの声で読んでね)

いや、失敗を許されないって言うとさ、めっちゃエリートの家系かなんかで、「お前は私立の進学校から東大、そっからハーバードMBA取って、ゴールドマンサックスで成り上がれ!失敗は許さん!」って事かと思うじゃん?
(ゴールドマンが成り上がるかどうかは別としてだ)
そういうんじゃなくてね。
どっちかっつーと、もっと細かいことね。
受験で第一志望に落ちたときなんかは、別に何もって感じだったくらいだし?
(あんな学費が高い学校、受からなくて良かったとは言われたけど!)

普通、子供って、大小色々チャレンジして、失敗して、でも帰る場所というか自分を受け止めて肯定してくれる場所があって、その安心感でチャレンジしていく大人としての成長度合いが育つらしいじゃないですか。

残念ながら、私は違った!
まず、失敗すると、その失敗そのものもなんだけど、「だから貴方は」的に何か言われる。そして、それがすっごい苦痛だった。
例えば、お皿を割っちゃうとするじゃん?
そーすっとね、「もう、不注意なんだから。だいたい、貴方は一事が万事、そうやって嫌々家の仕事(皿洗いとかな)をやっていて、当事者意識がないから、お皿の扱いも適当で(以下延々)・・・」とか、「そういう雑な性格って言うのは、もう、全てに感謝と謙虚さが足りてない証拠で、神の前にそんな不遜な生き方をしているって言うのは(以下延々)」とか「何でそんなに不注意なのか、言ってみなさい!」とか、いや、何で不注意かって、それは、原因と結果を混同しているよね。不注意で(原因)お皿を割ったにしても、何故不注意なのかなんて、本人が気が付かないところで何かがあるから不注意なんであって、理由が分かって割ってるなら、それは不注意じゃなくて故意だっつーの。
・・・なんて、子供のころの私には思えず、ひたすら、親からの説教という名の人格否定を、彼らの気が済むまで受け続けたのでした。
うん、そりゃあ、表面上の失敗を減らしたくなるよね!
って言うか、お皿一枚割ったら「だからお前は」って人格否定されて、そのまま延々とエンドレスでサンドバックになって、何度も昔の話を蒸し返されたりって、そりゃあ、お菊さんだったら当然化けて出るよね!(違

余談だけど、説教って、し始めると脳から変な汁でも出るのか、なんか同じ話を延々と繰り返したり、あと、「それは全然無関係では」みたいな話が突然出てきて攻撃材料になったり、「この程度の失敗でここまで言っちゃう?」みたいに「皿割ったら死刑」くらいの全然等価じゃない「ちょっとでも失敗したら万死に値する」くらいの勢いになったりしない?
あれは何なんだろう。
今までで一番びっくりした攻撃材料は「猫を飼う時だって親に相談もしなかった」って言われたやつ。
もう、結婚して別世帯だったし、世話も頼むつもりもなかったし(父が、自分は世界で一番動物を分かっていると思っている性格なので、猫の世話でも頼もうものなら、猫を外に放すくらいの事は絶対にすると思い、頼まないというかむしろ猫にはノータッチでいてくれと思っていた)、別に、猫が好きな人たちでもないし、事後報告として「猫を飼い始めた」という事実は話しても、別に「飼っていい?」って許可を取る筋合いの話でもないじゃん?
ただ、そう思っていたのは私だけだったらしく「親に相談もなく勝手に猫を飼って、お父さんもとってもショックを受けていた」とか言われて、いや、そこでショックを受けるって、何を理由に?って思ったけど、最終的に「親不孝」「世界は自分ひとりのためにあると思ってる」「傲慢」ってところに着地したよね。
飼いたいけど・・・なんて相談したら、それこそ、大昔(戦時中)に猫を飼ってた程度なんだから、ワクチンなんて贅沢だし、年次の健康診断も甘やかしだし、家の中で飼うとか「野生がなくて可哀相」だし、私のポリシーと真っ向から激突するじゃん。
(そもそも、1万年前に猫が家畜化された時点で「野生」ではない)
実際、親戚の家に泊ったときに、その家の犬の散歩の時に「犬は土のあるところを歩かせないとダメだ」って、石がゴロゴロしている川べりを歩かせて、犬が足を痛めて夜通し鳴いてたって事、私、知ってるからね。(そして、それを指摘されると「あんなのは、飼い主が甘やかすから犬が本来の生き方をできなくて可哀相な飼い方なんだ」とか、全然こたえてない様子。)
飼うのも責任を負うのも私なんだから、相談も持ち掛けないし、口出しもして欲しくない。

閑話休題

私ねぇ、とある外資系の会社に転職した時に、直属の上司のそのまた上の外国人の本部長と最終面接したんだけど、その時にね「僕は、キミがここで仕事というだけじゃなくて、人生の学びの機会と思って自分で自由に考えて、自分のミステイクをして、そこから楽しく仕事をして行ったらいいと思ってるんだ。もちろん、会社が潰れるような失敗じゃなくてね(笑)」みたいに言われて、すっごく衝撃的だったんだよね。
国民性の違いもあるけれど、でも、自分で考えた結果なら、失敗もアリなん???

ええええ?

失敗してもいいんだ!
(ちなみに、会社を潰せるような権限を持って仕事をしていなかったので、その点はご安心ください)

でも、そう言われても、心のどこかで「失敗は恥」「取り返しがつかない」「一生笑われる」みたいに、それこそ「失敗したら死ぬ!」くらいに感じていて、仕事も「大過なく」つまり、小さくまとまって、殻を破れずに終わったのよ。
そりゃあ、自分で「担当ですから!」って手を挙げて、生まれて初めての海外出張もしたし、ネイティブを差し置いて英語での顧客へのプレゼンもしたし、いい経験もいっぱいしたよ?
でも、心では「失敗したらどうしよう」って、常に脅かされていたのね。
後から入ってきた同僚なんて、すごくノビノビ仕事をしてて、フットワークも軽いし、性格も良いし、軽いノリで「あ、それ、やった事ないですけど、やってみますね!」「ダメそうな所が出てきたら、早めにお知らせするんで、ヘルプをお願いします!」なんて、ほんと、私が重油の中を足を取られながらもがいて前に進めないところを、ターボエンジンでスイスイ進む船?って思ったわよ。

直属の上司も、冷血漢て言われてたけど、たぶん、頭が良すぎてそう見えてただけで、本当は凄く凄くできた上司だったと思っていて、今でも覚えているのが、自分の力に余る案件を担当だからって持っちゃって、どこから手を付けて良いか分からないまま時間が経っちゃって、それを上司にゲロったときのことなんだけど、サクッと「ふーん。じゃあ、明日、xxさん(その会社の偉い人)に電話して謝っとくよ」って、え、それだけ?
もう、申し訳なさで死にそうだった私に、上司(当時)は一言「部下のために頭を下げるのが俺の仕事じゃん?」。
え、責めないの?いいの、それで?
頭下げるだけ?
結局、遅延をお詫びして、その案件について詳しい人を社内で見つけてレクチャーしてもらい、事なきを得て、別にその後もフツーに仕事をしてたのですが、もうね、ほんと、冗談でも誇張でもなく、割腹したかったわよ!
(たぶん、出来る上司的には、「そんな事しても一ミリの得にもならないし、やめて」だと思うけど!)
責められないことで、余計に「見捨てられたのかな」とか「怒る価値もないって思われた?」とか、ドツボにはまってね。
面倒くさい部下だな!!

でさ、じゃあ、私が育った環境で、実際に失敗するとするじゃん?
そーすっと延々と人格否定って書いたじゃん?
気が済むまでサンドバッグって書いたじゃん?
それで終わりじゃないの。
その後の話、聞いてくれる?
失敗すると、そこから人格否定って話はさっき書いたけどさ、例えば、その「失敗」が自分で考えて何かをした場合、それも、親の意向とは違っていた場合とかあるじゃん?
そうするとね、その「失敗」を人質に取られるというか、「失敗」を盾に、ありとあらゆる事を「親の意向」に沿うようにガミガミ言われるのね。
あとは、親の言うことを聞かないなら、勝手にしなさい、後は知らないから!の実践ね。
今でも覚えているんだけど、たぶん、3歳くらいの時に、家に、すごく綺麗な背の高いグラスがあったのね。で、私、そのグラスが大好きで、ある時、そのグラスに水を入れて飲んだらどんなに素敵だろうって考えたらしいのね。んで、そのグラスを戸棚から取って、水をそれで飲みたいって親に言ったのよ。そしたら、幼児だったし、グラスじゃなくてプラスチックのカップにしなさいか何か言われて、でも、納得しなくて、ギャアギャア泣いたのね。

で、じゃあ好きにしなさいって言って、グラスを渡されて、大喜びで水を汲んで、その時にも「ウソ泣きなんかして、もうハシャいでるし」的な事は言われたけど、大好きな綺麗なグラスで水を飲む!って事で頭がいっぱいだった私には大して響かなかったよね。
そんでもって、テーブルにグラスを乗せて、何て綺麗なんだろうって眺めていたよね。
たぶん、そんなに長い時間じゃなかったと思うけど、たぶん私がちょっと触っちゃったとかそんな事だと思うけど、グラスが倒れて水がこぼれた!
ちなみに、グラスも、当時は「こんな綺麗なものはない!」って思ってたけど、今みたら、たぶんフツーのグラスなんだと思う。
で、水をこぼすのを母はじーっと見てて、一言「ほーら、やった!」って、そっから立ち去ったよね。で、焦って「お母さーーん、水がこぼれちゃった」って言ったら「そうじゃないでしょう?水は自分でこぼれないでしょう?貴方がこぼしたんでしょ?」って言いなおしさせられたよね。
「水、こぼしちゃった!」って。
そっからね、ガン無視なの。
「ダメって言ったのに、言うこと聞かなかったよね。いう事聞かなかったんだから、知りません」って言って、後は「拭かなきゃ」とかオタオタして「どうしよう!」って言っても、知らん顔で聞こえないふりしてるし、泣いても無視。あ、これは、後から「貴方は卑怯者で、何かあったら泣けばいいと思ってるけど、それは大間違いだからね。」って叱られたけど、それはまた別の話。
たしか、水をこぼしたら台布巾で拭くはず!って思って、台所にかけてあった布巾をもって行って拭いて、布巾を絞って、シンクの所に置いといた。
うん、なんか全部間違いだったみたい。
その布巾は、テーブルを拭く布巾じゃない。
布巾は使ったら、ちゃんと洗っておく。
洗ったら、ちゃんと絞っておく。
布巾かけにかけておく。
どれも満足にできないんだから。

で、結局、「親の言うことを聞かないで水をこぼして、(グラスは無事でした)泣いてどうにかしてもらおうと思う卑怯者」「布巾に付随するアレコレが全然できていない、全部不正解」「自分じゃ何もできないんだから、親の言うことを聞きなさい」って所に着地したよね。
あと、その後は、何かあるたびに「グラスを倒したこと」を引き合いに出して、だからダメな子扱い。

こういうことが日常茶飯事だった。
それが初めてでも最後でもなかったし、何なら、今でこそ絶縁してるから何もないけど、繋がっていたら過去のアレコレでウダウダ言われるはず!
実際、全然関係ない25年前の法事のときのことを「もっと愛想よく親戚と話すと思ってたのに!恥ずかしいやつ!」って言われたのが去年の10月。知らない親戚と盛り上がれるほど世間擦れしてなかったって事なんだけどね。その時の議題は「父の入院」についてだったし、全然関係なかったんだけど、いきなりでてきて「は?」だったよね。
「もう他人なんだから、入院でも何でも勝手にしてください」って話だったんだけど、この期に及んで「親子」「血は水より濃い」とか言ってて「知らんがな」って黙ってたら「お前は法事の時だって、そうやって押し黙っていて、俺は恥ずかしかった!」とかね。え、法事?25年前?みたいな。そっから始まって、法事ではああするべきだった、こうするべきだった、だけどお前は・・・ってね。
きっと、親戚とワイワイやってたらやってたで「悪場擦れ」とか言われてるはず!
それにしても25年間、ずっと温めてたネタだったのね!
不発で残念だったわね。。
つか、身体壊すくらいの激務なんだし、法事に参加しただけ感謝されてもよくない?
今になって「法事の時に静かだった」って、全然関係ない話の時に武器として持ち出されてもねぇ。その武器、錆びてるよ。既に武器ですらない。


脱線したわ。

何だっけ。失敗すると人格否定。
親の意向に沿ってないと余計に否定。
それで失敗すると、「アンタが勝手にやって勝手に失敗したんだから、勝手に自分でどうにかしなさい」と、一切なにも聞く耳を持たない。無視。
失敗したことを後々、引き合いに出して親の意向に沿わせる。

何か、一番不気味というか、イヤなのは、まず、「これがしたい」って事が親の意向とずれていた場合、見守るんじゃなくて、失敗を待つためにじとーっと監視されてるのが気持悪いし、あと、失敗した場合絶対に手を貸してくれないのが、死体蹴りというか、こう、子供としては堪える訳ですよ。
失敗しちゃったーって行くと、ガン無視とか、焦って泣くと卑怯者とかね、そうなってくると、失敗とかできないじゃん?

作家の宇野千代先生が、事業で失敗したり、男関係で失敗したりして、失意のうちにお母さんの所に戻ると、周囲の冷たい目をよそに、絶対「何でそんな馬鹿な事したの」なんて言わないで、「おう、よう帰ってきたね」って迎え入れてくれたってエッセイに書いてらして「え、そうなの?」って思った。
私は子供がいないので、その辺の、親の心情っていうのが分からないんだけど、頭で考えると、例えば、親に黙って勝手に子供が借金を作ってたら、それは子供に自分で返させるのが筋で、親が尻ぬぐいする話じゃないとか思うよね。
でも、なんつーか、私が親からされていた事が、「その通り」って思えたかって言うと、「あれは無かったんじゃない?」って思う。
借金は子供本人に返させるのが筋としても、正面に敵がいる子供を背後から撃つかなって話。

私、離婚する前に、ちょっと実家にいた時期もあったんだけど、そこからだいぶ時間が経ってから、再婚して家のローンって時に、親にはビタ一文出してもらっていないにもかかわらず、なんか口を出してきて「でも、もうこれは銀行と取り決めしてるから」って言ったら「離婚だって自分ひとりじゃ出来なくて、親の家に居候してたくせに、何よ」的な事を言われて、すんごいビックリしたことがあったのよ。
離婚自体は、そりゃあ凹んだけど、別に調停とか裁判とかもなく、双方合意でサラッとできたけど、まぁ、ちょっとはゴタゴタするよね。
でも、そういうのも、親の閻魔帳には私の負債として付いてるんだなって。
女三界に家なし・・・ってこの事だよね?
だから自分の家を買うんだよね。
ちなみに、離婚前に実家に居候してた時も、「今後はどうなるの!」ってキャンキャン言われて気が休まる時がなかったし、職探しや何かでネットを使ったり、光熱費も食費も増えるしで、「週いくら」で滞在費を払えって言われてて、払ってました。
だから、別にベタベタの居候だったワケじゃなくて、払うもん払ってたはず。少額でも。金取った上に、後から脅す材料にするとか、何なの?
何だろう、このモヤモヤは。
別に「親だから、してくれて当然」とも思わないけど、離婚って事で気持的に大変だった時に「実家にいるなら払え」って言われて、何だかちょっと悲しかったよね。
しかも、後から、私が自分ひとりじゃ何もできないから親の言うことを聞け!って言う、エビデンスみたいに使われてモヤる。

うーん、何て言うか、別に尻ぬぐいをして欲しいとかじゃないんだけど、自力で失敗の帳尻を合わせに行くためにも、「味方」とか「安全基地」とかがあったら、ずいぶん生きやすくなるんじゃないかなと思った次第。

彼らには彼らの考えと言い分があるはずではあるけど、やっぱり、何か失敗して、ちょっとでも親の不安を掻き立てると、倍以上になってペナルティが返ってくるとなると、割が合わないよね。
もちろん、彼らも、そこまで厳しくした相手に、老後に甘えよう頼ろうとかは考えてないと思うし、仮に頼られても、私が離婚前に実家に居候していた時に「週いくら」で滞在費を払ったように、それなりの「けじめ(と彼らは言う)」を要求すると思うんだけど、それは商取引であって、安心感と肯定感を醸成するものではないよね。
私も与えられてない安心感肯定感は返せないし。

じゃあ、私はどうして欲しかったのか、考えてみると、グラスを倒した時は「背の高いグラスは、安定が悪いから気を付けて扱う」ことを教えて終わって欲しかったし、離婚についてはちゃんと決着をつけるのは私本人しか居ないんだから、ちょっとくらい休んで疲れを取って、またこの世界に出ていかれるように見守って欲しかったなと。

ほんと、失敗をどう受け止めるかで子供って「どう世界に出ていくか」が変わるし、失敗をするのも受け止めるのも難しいよね。
ただ、私は、離婚も別に失敗だったとは思っていなくて、最初の結婚は、自分が見えてなかったけど良い経験だったと思ってるんだよね。あれがなかったら、今でも見えてなかっただろうことがいっぱいある。

子供を持っていない私には分からないってよく言われるけど、でも、親は自分の不安を子供にぶつけるんじゃなくて(離婚してこの先どうなるのか!なんて、本人が一番不安に思ってることで、それを、親が不安爆発で本人にぶつける話じゃないよね)、失敗から自力で立ち直っていくのを信じて、見守って(口出しじゃなくて)欲しいよなと思うのでした。
無視とかじゃなくてね。
ええ、子供がいない、親の気持が分からない奴の勝手な言い分ですが。

無視は効くよね。
親から無視されるくらいなら、言うこと聞こうかなって思うもん。
それくらい効く。
簡単な方法ではあるけどさ。。。
うん、それでいて「自分で考える子」とかをモットーにしてるとか言っちゃイカンですよ。
まぁ、独裁主義の国に限って「民主主義」とか国名についてるのと同じかな。

私、実は、「親から何か言われるのはイヤだけど、失敗する私が悪いんだし」ってずっと思ってました!
それがおかしいって気が付いたのは、管理職になる時に、「管理職とは」みたいな、マネジメントの本を読んだとき。

いわく。
「部下が失敗したら、その失敗について、一緒に分析して、改善点のみを建設的に指摘すること。チャレンジ自体は否定しない。」
「失敗した部下の人格否定なんてもってのほか」
「失敗した時こそ、管理職が部下によりそって、伸ばしていく」
「責めない。立場は管理職が圧倒的に有利ということは覚えておく」
「失敗した本人が、一番つらい。」
「他人の失敗の責を一端なりとも負うのが嫌なら、管理職は辞めなさい」
みたいなことが!

え?
えええええええ?

失敗したら、ここぞとばかりに、相手を叩きのめして言うことを聞かせる千載一遇のチャンスじゃないの?
あーあ、貴方の失敗を何で私が!とか、盛大に溜息をついて罪悪感を持たせる機会では?
失敗するのが悪いんだから、何を言われても仕方ないんじゃないの?
失敗して誰かに迷惑をかけたら、加害者なんだから被害者から何を言われても返す言葉はありません!(何か返したら「反省が足りない!」「開き直ってる!」で鉄拳制裁だ!)
失敗したら、もう、何度でもそれを引き合いに出されて、嘲笑されても、それが「責任」なんじゃなくて?

それら一切、禁止事項?

あの・・・私、失敗するたびに、それらほぼ全部をされてきて、多分、今回の失敗に関係ないんじゃないかなって事を言われてるときに「え・・それは関係ないのでは?」なんて言おうもんなら、「言われるのが嫌なら、失敗なんかしなければいいだけでしょ」「盗人猛々しいとはこのこと」って、100倍くらい返ってきてたよね。
千の風になるのはお墓の前だし、元金が100倍になる!っていうのは詐欺なんだけど、失敗についてサンドバッグにされてるときに異論を唱えたら、ほぼ確実にお墓に入るくらい100倍になって返ってくる。
少なくともメンタルは死ぬ。
即死じゃなくて、少しずつ削られて死ぬ。

あー、私ってば、よく生きてきたな。
って言うか、うん、消極的なのも道理道理!

まぁ、そこまだ分かったからって、じゃあどうするかが分からないから苦しいんですが、とりあえず、ちょっと書いてみた!

毎回、どす黒い思いを、長々と読んでくれてありがとう!
次回、「どす黒さの彼方へ!」ご期待ください!

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(☝ ՞ਊ ՞)☝